1.「経済」を構成するもの
「日本経済の再構築」というテーマについて論ずる前に、そもそも「経済」とはどういうものかを簡単に整理しておく必要がある。
一般に「経済」を構成する要素は非常にたくさんあり、なおかつそれらの要素が複雑にからみ合うような形で構成されているようにみえる。その結果として、「経済」というものが非常にわかりにくいもののように受け取られ、我々個人個人のレベルでどうこうできるようなものではないという印象を植え付けている様子が感じられる。
ところが、突き詰めていくとシンプルに整理することができ、大きく以下の3つの要素にカテゴライズすることができる。たくさんあるように見える要素も実はこの3要素から派生した副次的なものとして捉えることができるのだ。
・資本(設備投資)
特に社会資本というものの影響が大きい。インフラストラクチャとよばれている設備から目に見えない知的所有権や特許というものまで、特に国家の経済を考える上では非常に大きなウェイトを占める。
・労働力
人が動くことにより経済活動がうまれる。消費者は立場を変えれば勤労者であるわけで、元気に働ける人の数あるいは人が働きやすい環境または動機づけということも経済の発展に大きく影響する。
・技術(生産性)
いわゆるテクノロジーであり、手法やツールもこの中に含まれる。より生産性、効率性を高める技術が開発されることにより、経済に対する効用をもたらしていく。
ただ、気をつけるべきなのは、この根幹を成すと思われる要素のうちどれか一つだけが突出してしまうことである。たとえば技術主導で人に対する配慮がないがしろにされた場合、トータルの発展性はマイナスとなることもあるということだ。
逆に言えば、これらの根幹を成す要素がバランスよく整備されることで、「経済」の発展に大きく貢献できるということになる。
2.21世紀とは
次に、日本における21世紀というものがどんなものかをある程度見据えておく必要がある。
とはいっても、あと2年足らずで21世紀に突入するわけで、未来の夢物語的に捉えるのはナンセンスである。まずは現時点からの延長線上に描いていくのが妥当である。以下、今気になるトピックスを中心にいくつかの切り口からすぐそこにある21世紀を捉えてみる。
1)国際情勢
まず、1980年代後半の東西冷戦構造崩壊後の状況に、いまだに世界全体が彷徨している状況である。日本の場合はとりわけ、米国に依存傾向にあったため、米国の一挙手一投足にいまだに右往左往している状況である。
さらに、純粋な共産主義から資本主義経済の融合を図り、急速に国力を増強してきた中国の存在も、日本にとっては大きいものになってきている。さらにはユーロ統合により、欧州各国の姿勢も変わりつつある。また、頻発している第三国での紛争。そしてそれを未然に抑止しきれない国連。
このような状況はまだしばらく続くと思われる。その時、日本は傍観者として見ているだけなのか。それとも、日本としての独自の意思をもち、各国と関係を築いていけるのか。
おそらく、日本を取り巻く多くの国からも日本の動きが注目されるだろう。
2)標準規格
技術革新と合わせて、世界規格やデファクトスタンダードというものが今以上に促進し、より重要なものになっていくだろう。
その結果、世界のどこで作っても結果的に同じことであり、自国内に限定した考え方というものはかなりの割合で淘汰される可能性が高い。
3)技術革新
今後の技術革新において、環境問題への考慮は避けて通れない要素となるだろう。また、金に糸目をつけずに新技術を追求するという姿勢も見直され、トータルとしての経済性の重視が重要なキーとなる。
具体的なテクノロジーとしては、コンピュータの高速化と通信技術の発展に伴う大容量通信が可能となることで、かなり大規模なシミュレーションが可能となり、実験よりもシミュレーションで現実世界への適用判断がなされることになるだろう。
また、バイオテクノロジーとライフサイエンスが発達することにより、生態系への技術寄与ということも非常に大きくなると思われる。
と同時に、倫理観というものが今以上にクローズアップされることになるだろう。
以上のように、従来の技術の枠を超えた、社会性との統合化が進むものと考えられる。
4)人口
少子化高齢化が進み、すでに高齢化社会から高齢社会へとシフトしている。
その結果、年金や保険機構が破綻するという心配が国民の間にもわりと現実的なものとして捉えられるようになってきた。
特に、少子化は高齢者を支えるというよりも実質労働力の低下を招くわけで、純粋に経済という面から考えても深刻な問題である。
5)人の考え方
次代を担う若い人たちの傾向として、快楽への追求や無責任、苦労をあえて避け、漠然としたイメージのみで構成されるような風に見られているが、実は昔とはそんなに違わないと思う。
きっかけさえあればパワーを発揮できるだけでなく、まだ少数ではあるが自身の意思で新しい道を切り開こうとする思いは、ひょっとしたら昔よりも今の若者たちの方が強いかもしれない。
3.日本経済としての課題と取り組み
では、具体的に何をしていけばよいのか?
1章であげた、経済の根幹を成す3要素について考察してみたい。
・資本(設備投資)
まず、社会資本としてのインフラストラクチャについてであるが、当然技術的な革新は図っていく必要があるが、それ以上にさまざまな規制の緩和や、かぎられた人の私利私欲に左右されるような風土を変えていくような、考え方の問題の方が大きいような気がする。
いまある設備をすべて壊して新しいものに変えることが再構築というにはあまりにも短絡過ぎるが、設備や資本に対する考え方自体は今までと大きく変わらざるを得ないだろう。
たとえば、これまで半官のような形で行われ、サービス性に不具合のあったような事業が、外資の流入により活性化されたり、日本国内だけに閉じて考えることが非常にナンセンスになってしまったりということが、すでに現実に起こりつつあるわけである。
このような状況下で、従来の規制や考え方に固執していくと、国際的に弱い立場になってしまうことだろう。しかし、民間の企業や一般の国民の多くはそんなに鈍感ではないはずで、みずから従来の枠組みを切り崩す方法を見つけ出し、変えていくための大きなムーブメントは発生してくるものと思う。
・労働力
今の日本で、もっとも危機感を感じるのがこの労働力に関する事項であろう。
何といっても、高齢化と少子化により近い将来働き手でありかつ高齢者を養うであろう人間の数が圧倒的に足りなくなるのが目に見えているからである。
そこで、労働力を増やすことに加え、高齢者を養うしくみ作りを問題として捉えていかなければならない。
まず、労働力を増やすためには、働く意志があるが何らかの理由で働けない人のための環境作りが必要であろう。また、高齢者でも働ける環境づくりというのも重要であろう。そして、日本人以外の労働力の注入というのも考える必要があるかもしれない。
次に高齢者を養うしくみであるが、まず高齢者自身が働くこと。そして、医療の世界をもっとお金のかからない、あるいは必要な人のみが高額医療を受けることにできるような選択性を取り入れることも考える必要がある。
さらに、いわゆる公的年金をすべて民間に展開し、実質的には従来型の年金の廃止まで検討する必要がある。
・技術(生産性)
技術革新は、全体的なバランス重視となり、従来よりもより広い範囲を考慮した革新が求められる。当然、人とテクノロジーのつながりが重視され、高度の機能やシステムであっても、利用する側にはそれを意識させないさりげなさが、エンジニアにとっても美学となる。
また、グローバリティが促進していく上で、どうしても出てくる通貨と言語の壁も、より高速化するであろうコンピュータチップや大容量高速化が見込まれるネットワークによって、取るに足らない問題となるだろう。
また、これらの要素をバランスよくインテグレーションさせ、経済の活性化につなげていくような推進力と統率力が、国家としても必要になってくる。
21世紀だ!と騒いだところで、結局プリミティブなところは何ら変わらない。
4.さいごに
このような現在そして21世紀の日本経済再構築のために、私自身としては具体的にどうすべきか。
まず、自分自身の意見をもつことであろう。
しかも、できるだけ深く考え抜いた結果の意見でありたい。ほかの誰のでもない自分の信念。すべての考えや行動の根っことなる部分を鍛えておかなければならない。
つぎに、積極的に参加すること。みずからが政治家や閣僚となって国家運営に参画することももちろん結構だが、まず経済活動に自分の意志で参加してみよう。たとえば真剣に会社に勤めることも立派な経済活動だ。
自分のこととして、自らがプレイヤーとして参加しなければおもしろくない。
そして、日本人としての誇りを持ちたい。持てるように自らが変えていかなければならない。
以上
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